物事のパッケージング - 自己満足が争いを生む本当の理由

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 こんな記事が先週話題になっていた。

 流し読みすると一見よくある「妻の言うことを聞いてばかりでも不満が溜まっていくだけだった!」みたいな内容なのだが、実は本質はまったく別の所にある。その正体は、現代社会において度々発生する物事のパッケージング問題だ。たとえば、以下のようなケースをよく耳にしないだろうか。

  • 自分は率先して家事をやったのに、妻の小言が増える一方だった。(今回のケース)
  • 積極的に育児に関わってきたはずなのに、妻からはそう思われていない。それどころか、子供も妻に懐いている。
  • 先陣を切って精力的に仕事をやったのに、上司や同僚からの評価が低い。あいつらはちゃんと俺を見ていない。
  • 閑散期に深夜まで残っているプログラマーがいる一方で、定時に帰宅しているプログラマーもいる。しかも、前者の方が優秀プログラマーなのに。
  • 彼はよく家事を手伝ってくれるけど、どうも思いやりが足りない。(逆のケース)
  • あのディレクター、対外的に偉そうなこと言ってるけど、現場では迷惑な言動ばかりでプロジェクトがめちゃくちゃだ。(逆のケース)

 これらは全て、当事者間の物事のパッケージングが上手く擦り合わさってないことに起因する。あらゆる現代人を悩ませるこの物事のパッケージング問題とは何か、詳しく説明していく。

考える家事

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 物事のパッケージングは、今年少し話題になった「考える家事」とよく似ている。特に、今回の件は七割がたこの記事で解決できるだろう。

 一介のサラリーマンがプロジェクトの責任者を任されるのは30も半ばで部下と呼べる後輩が数人できてからだが、主婦は結婚した瞬間*1からプロジェクトの責任者となる。プロジェクトの目的は「家のキーピング」で、手段は「家事」、期間は「半永久的」である。

 家のキーピングとは具体的に、プロジェクト専従者に一定水準以上の食事を提供し、衣服を再利用できるよう洗濯し、ストレスのない環境を整えることである。家賃や光熱費の支払い、食費や日用雑費の支払い、それを含めた経理作業。郵送物の送付や受取、役所周りの手続きなどの事務作業。子供が生まれれば育児全般。そしてそれらに付随した無数の小さな作業*2を全て担う。キーピングにおいて家の最終責任者は自分なので、何か必須事項が自分から漏れれば家庭は崩壊する。 

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 サラリーマンが最終責任者になるケースは結婚から何年も経った後なので、その間妻と夫の仕事の性質というものは大きく異なる。「お前は家事してるだけだからいいよな」「アンタは上司の言うことだけ聞いてればいいんだから楽ね」という何億回と繰り返されてきたすれ違いはここから生じる。

家事のアウトソーシング

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 このような家事の負担を夫が部分的に担う時にやりがちなのが、作業のアウトソーシングである*3。ゴミ捨てや買い出し、洗い物や子供を風呂に入れるなどがそうである。

 家事をプロジェクトに置き換えてみよう。企画内で使うとある動画を外部の会社にアウトソーシングしたとする。試作版が納品される。どこは良い、どこは悪いとフィードバックし、リテイクしてもらう。この時、あなたは確かに動画を作成するコストを削減できたかもしれないが、動画のクオリティを保証する責任からは逃れられていない。精神的な負担はさして減っていないのだ。

 家事にも同じことが言える。細々とした作業を夫に投げても、節約できるのは時間や体力的なコストのみで、家のキーピングが生む精神的な負荷は残り続ける*4。しかも、夫はそれで家事をやった気になっているのである。

 今回のケースは妻側の記事を読むと、夫側が徹頭徹尾受注状態であることが分かる。当然、言われたことしかやらないので責任者の位にはいつまでたっても昇格できず、負荷も溜まり続ける一方である。

 

家事のパッケージング

 では、真の意味で負担を減らす家事の分担とは何か。分かりやすい目安がある。「負担がない」とは、「一切考えなくていい」ことだ。

 端的に言えば、丸ごと引き取ればいい*5。「食事」なら、食事に関わる部分全て。冷蔵庫の責任者だ。献立作成、買い出し、調理、配膳、洗い物*6。ゴミ出しまでやればベスト。勿論一日だけとかではなく、永遠に。ここまでやって、ようやく妻は「食事」のことを考える必要がなくなる。これが、家事のパッケージングである。

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 実際は食事丸ごとを夫が引き取るのはなかなか難しいと思うので、掃除や洗濯などが担当部分になるだろう。定年を迎えた夫が妻に邪険されたくないなら、掃除がオススメである。この掃除には日々の掃除機は勿論、テーブルを拭いたりTVの埃を落としたり、周期的に行うような洗面所や風呂場、サッシや換気扇掃除のスケジューリング、掃除に使う消耗品の管理も含む。くれぐれも「言われて、やる」から脱却しない、なんてことがないように。

 

物事をパッケージングすることの価値

 物事のパッケージングという言葉に馴染みがある人はほぼいないと思うが、我々は日常的にこれを使いこなしている。前述したように精神的負荷はパッケージングの単位で来るし、上司が部下を評価するのもパッケージングの単位だ。責任はパッケージングの単位で現れ、パッケージングされた仕事を完遂されて初めて人は信頼を得る。

パッケージング単位のすれ違い

 しかし、往々にして人は自己評価と他己評価のズレに悩み、しばしば諍いが発生する。それもそのはず、パッケージングの単位の定義は人それぞれだからだ。

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 プロジェクトという大きな単位のパッケージは分かりやすいだろう。実際は各人員によってそれは小さなパッケージに切り分けられていく。新人はパッケージを持てるほどの知識・経験がないので、ある程度の作業を抱える上司や先輩からアウトソーシングしてもらう。これが「主体的でない」という言葉の正体だ。

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 しばらくすると実力が付き、パッケージを丸々受け持てるようになるだろう。ここで勝手に自分の裁量で仕事をパッケージングすると、すれ違いが生まれる。上司の持つパッケージの負荷は、上司の裁量でしか軽減されないからだ。

 では、どうすればいいか。簡単である。会話すれば良いのだ。

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 画像では上司→部下だが、もちろん部下から自発的に仕事を引き取るのもアリだ。

 パッケージング単位の認識さえ正しくすれば、権限も正しく移譲されるし、上司の負荷は軽減されるし、評価のズレもなくなる。目的意識を共有することで、不要なコミュニケーションも極限まで省かれる。まさに win-win である。

日常的に物事をパッケージングしよう

 このパッケージングという概念は、一人で知って満足していればいい人生哲学や自己啓発の類ではなく、シェアして初めてみんなで幸せになれるものである。上司はパッケージングした状態で仕事を部下に渡すべきだし、妻と夫は家事のパッケージングを意識さえすれば抱く必要のない不満がグッと減る。

 「思いやりを」と標榜するのは簡単だが、無限に搾取できる「思いやり」は不毛な消耗を招くことがある。それよりはせっかく現代なのだから、ステマチックなパッケージシステムを採用した方が、今後何十年も共に暮らしていく中できっと長続きするだろう。

 では、冒頭に挙げたすれ違いケースの問題と解決を考えてみる。

自分は率先して家事をやったのに、妻の小言が増える一方だった。

 家事のパッケージングがなされておらず、中途半端な仕事をしている。妻がアウトソーシングを多用するなら、一度家事について話し合うべき。

積極的に育児に関わってきたはずなのに、妻からはそう思われていない。

 中途半端にしか関われていない。突然妻が倒れたら一人ではとてもやっていけない状態。そもそも育児を夫婦どちらかが完全に担うことは不可能なので、「どちらでも100%面倒が見れる」共同責任者を目指す必要がある。

先陣を切って精力的に仕事をやったのに、上司や同僚からの評価が低い。

 パッケージングされていない雑務をやっており、見えない所で自分以外の誰かに負担が掛かっている。故に上司からは「仕事をあまりしていない」ように見えるし、自分は「評価されていない」ように見えてしまう。これは上司の責任でもあり、あなたの責任でもある。

閑散期に深夜まで残っているプログラマーがいる一方で、定時に帰宅しているプログラマーがいる。

 上司が仕事のパッケージングを適切に行っていないせいで、仕事の出来る人にパッケージが集中してしまっている。上司とパッケージングのすり合わせをした上で仕事を引き取れば良い。

彼はよく家事を手伝ってくれるけど、どうも思いやりが足りない。(逆のケース)

 家事をアウトソーシングしてしまっている。パッケージングを考え、最後まで責任を持たせるべし。

あのディレクター、対外的に偉そうなこと言ってるけど──(逆のケース)

 ディレクターがパッケージングを担っていない。大抵の場合、プランナーがメテオフォールにひたすら耐えている。

 

まとめ

パッケージングされた仕事を引き取れ

 共同作業で幸福になる唯一の手段は、負荷を正しく分散することである。そのためには、物事のパッケージングが必要だ。適切な負荷の分散には必ず物事のパッケージングとその単位のすり合わせが必要になる。

 アウトソーシング地獄は気付くのも難しければ抜け出すのも難しいが、この自己満足のループではいつまでたっても負担や不満が軽減することはないだろう。

 

パッケージングが難しければ、共同責任者になれ

 育児など、パッケージングが難しい家事もあるだろう。そうしたものは、共同責任者を目指すべきである*7。平たく言えば、明日急にどちらかがぶっ倒れて稼動できなくなっても、100%面倒を見ることができる体制だ。食事の与え方から好物・アレルギー、おしめの取り替え方や寝かしつけのコツ、役所の手続きや保育園とのやり取りなど、そういった日常の諸事項を常に共有しながら協力して育児することにより、真の意味で負担が二分される。アプリなどを活用しデータ化しておくのも今風で良いだろう。

  これは、家事だけでなく仕事においても言える。運用が人に依存すると大変なことになるインフラ系などのサービスはまさにこのケースだ。この共同責任者というシステムも最終的には個人の負担を軽減するという同じ目的があるため、ケースによって使い分けて欲しい*8

 

パッケージングを使いこなせ

 パッケージングの極意は、権限と負荷と評価を一致させるところにある。綿密なコミュニケーションは必要だし、自分の実力が不定なうちは思わぬ苦労をすることもあるかもしれない。パッケージングがそもそも難しい案件も山ほどある。

 しかし、それでも物事のパッケージングを知っているか知っていないかでは、作業の効率も、精神的な充足も、そして人間関係の抱える潜在的なリスクも大きく変わる。ぜひ、一度検討してみてほしい。 

 

 

 

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*1:正確には同棲した瞬間

*2:例えば献立を考えたり冷蔵庫の中身を管理して必要な食材を揃えたり

*3:このミスの責任は妻にも夫にもない。妻はこの方法しか知らないし、夫はこの方法で家事を分担できると思い込んでいる。そしてわけも分からずお互いの不満だけが溜まる。

*4:しかも、大抵の夫は想定したよりもクオリティの低い家事をする。

*5:フローを引き取れ、と表現した人もいたが、的確な表現だと思う。

*6:洗い物が一番大変なんだよね。

*7:実は、かの逃げ恥の最終和の台詞に「夫婦とは共同経営責任者である」というモノがある。記事の結論がここに帰結するのは偶然か、必然か。

*8:ただし、共同責任といいながら実作業において片方に比重が因りすぎるとまた別の不満を生むので注意されたし。