スーパーマリオランはなぜ高いのか

鳴り物入り、ってレベルではないドンガラガッシャン感を出して堂々と世に出ました、スーパーマリオラン。皆様いかがお過ごしでしょうか。クリアしましたでしょうか。ブラックコインのおまけコース含めたコンプリートまでいくとやや骨が折れますが最強キャラであるルイージを使うと結構ギミック無視して取れるのでお試しあれ。

さて、ご周知のとおり一騒動あったスーパーマリオランのその価格。実に1200円。うーん……高い。高いよ。コンシューマゲームのユーザで2000円の同人ゲームを売り年始には25万デレマスにぶっこんだ自分でさえ、第一印象として「高い」と思うもの。

すると、ゲームクリエイターとしては一抹の疑問がよぎる。なぜたった1200円が、高いと感じるのか。ふとそれを考えていくと、そこには単純な値付けミスだとかユーザ層の乖離だとか、そういう話とはまったく異なるベクトルの何かが潜んでいるということにふと気付いたのである。

ゲームの価格っていくらよ?

ゲームの価格っていくら? キミが少しゲームオタクなら即答できる質問だ。PS4や箱1で売られるAAAゲームなら6,980円前後、任天堂のファーストタイトルなら4,980円が基本。ダウンロード専売の小規模スタジオのゲームは高くて2,000円、それより小さい小粒ゲームは1,000円かそれ未満。バーチャルコンソールゲームアーカイブスは、安いもので100円、それ以外は300円から1000円。コンシューマはこんなもの。
同人ゲームは1,000円をベースに、規模の大きいタイトルなら2,000円*1、もっと小粒なものなら500円。
では、スマホゲームは? コンシューマゲームを移植したものやAAAを謳うものは500円から1,000円。小規模スタジオの3〜10時間遊べる小気味よいミドルレンジゲームは300円か500円。もっと簡単なミニゲームなら100円。それよりも、大多数を占めるのは無料のゲーム。ダウンロードは無料でさせておいて、収益はゲーム内課金かゲーム内広告で上げる。それがもっともトレンドな方式だ。

で、スマホマリオはというと、最後のパートに堂々と1,200円でぶっこんできている。任天堂は本来コンシューマプラットフォームでゲームを販売する会社なので一つ目の価格帯で比較してあげたい所だが、郷に入っては郷に従え、だ。1,200円のスマホゲームなんてものは殆どない。万人が「高い」と感じてしまうのも無理はないのだ。

なぜスマホゲームは価格が維持されなかったのか。

しかし、任天堂はそもそもそれを知っていた。その確たる証拠が、「今まで任天堂スマホにゲームを出さなかった」こと自体にある。故・岩田社長はスマホゲーのプラットフォームに、ゲームの価格を維持する動機がないことを兼ねてから指摘していた。
https://www.nintendo.co.jp/event/gdc2011/index08.html
http://yurukuyaru.com/archives/52405130.html
AppStore などのアプリプラットフォームにおいて、ゲームは安ければ安いほど多ければ多いほどよく、例え現在に見られる歪なアイテム課金のゲームが氾濫することになっても、アップルにとってはストアが巨大化して手数料とハード代を儲けられれば良いのである。ゲームの低価格化によって市場の多様性がなくなり*2、末端のゲームメーカーが血反吐を吐いて淘汰されても一向に構わないのだ。

一方で任天堂やSIEなど率いるコンシューマプラットフォームは大昔から現在に至るまで*3価格を維持し続けている。なぜか。それは、プラットフォーマーである任天堂ソニー・あるいはマイクロソフト自身がソフトを出しているからだ。その一方で、アタリショックの再来を防ぐために市場に出るソフトを厳格にコントロールし、クオリティと価格の均一化を図っている。AppStore や Steam とは根本的にスタンスが違うのである。

そうした土壌の違いは、当然ユーザ層の違いと物価感覚の違いを招く。Miitomo では任天堂は前者のプラットフォームに合わせた価格構造を作り、今回はあえて後者に合わせているように見える。つまり、「高い」と感じられるのはある意味当然なのだ。あえて巨大で頑丈な黒船で乗り込むことによって、プラットフォームが守ってくれないゲームの価値を自分で守っているのである。

無課金ユーザは敵じゃない。

ところで Twitter などを(検索で)見ていると、1,200円が高い、というよりそもそも課金する行為自体を忌避している人が目立つ。彼らにとっては100円も300円も3000円も関係なく、無料ダウンロードできるのだから、とダウンロードしてみたら突然1,200円求められたことにブチ切れている。

ぼくはいくつかそういった呟きをしている人のプロフィールを辿ってみたが、その大半が高校生から大学生の男女で、ツムツムやパズドラやモンストの無課金ユーザだった。Twitter 検索で引っかかるのは氷山の一角、いくら Togetter で良識あるコンシューマユーザが「1200円くらい払えよ」と言っても彼/彼女らが現在の日本におけるスマホゲーユーザのメイン層なのだ*4
彼らは AppStore の「App内課金があります」という表示も見ないし、説明文の一部プレイ無料*5という文章も見ないし、任天堂が公式サイトや Twitter や外部のニュースサイトで散々プレスを打ってる「全編は1,200円」という告知もまったく無視するが、ものすごい勢いで無料アプリに押し寄せ、アプリレビューに文句だけは残していくアプリイナゴである。いつも彼らを相手にしているソーシャルゲーム運営者にはただただ頭が下がる……かは別として*6、AppStore に無料アプリとして出すということは、彼らを相手にするということなのだ。


当然任天堂自身も、いや、協働する DeNA と、大々的にキャンペーンを打った Apple さえも、それは理解した上で──むしろわざとそういった層にリーチするような課金体系を押し出しているように感じる。
任天堂がゲームの価値をわかっているある意味優良なユーザだけをターゲットにするならストアの価格を1,200円にすれば良いし、無課金を基調とするカジュアルソーシャルゲームユーザに迎合するならアイテム課金や逐次課金(ステージごとなど)を取れば良い。だが、スーパーマリオランはそのいずれでもない、一見愚かにすら見えるアプリ内1,200円課金という形を取った。

それはいわば試金石のようなものだろう。もし、クラスに一人か二人いる小金持ち*7ではなくそこらへんの無料ユーザが暇つぶし以上のハイプライスデジタルゲームを認めてくれたなら。あるいは、その何割かがゲームの価値に気づいてくれたなら。任天堂がわざわざ自らのプラットフォームから出航してゲーム人口の再拡大に乗り出しただけの価値はあると言っていいだろう。だから、スーパーマリオランは高いのである。高くあるべくして、高くなったのである。

でもやっぱり高いよ。

さて、なぜスーパーマリオランが高いのかわかった。ともすれば、我々が突っつくべきなのは、コンテンツに対する値段ではなく、値段に対するコンテンツのパフォーマンスである。
AppStore で評価されている200円か300円くらいの買い切りゲームというのはちょっと小洒落た丁寧な作りのパズル、あるいはアクションゲームだ。大抵油の乗っている海外の小規模インディースタジオなんかが作っていて、タイトルは一文字で、アーティスティックなビジュアルが目を引いたりするものである。
そういったゲームは何十時間遊ぶほどのボリュームはないが、ちょっと時間の合間合間に少しずつ進めて、一週間から二週間くらいでさっくりクリアすることができる「読後感」の良いものである。ユーザはまるで気に入った本を友人に薦めるように、「ちょっと面白いゲームがあってさ」なんて気軽に紹介するし、薦められた方も買い切りという安心感と手軽さから「へえ〜。ちょっとやってみるよ」なんてバチっと買ってしまうのだ。

スーパーマリオランのワールドツアーだけを見れば、ゲームのさっくり感はこれら名作ゲームと比べても遜色ない。もっと遊びたい人はカラーコインを取ればいいし、馴染み深いキャラクターたちを好きに使えるのも良い所だ。


……だが、これは300円のソフトの話である。

残りの900円はどこに行った? フレンドリストや SNS 連携、お知らせなど金と人員のかかりそうなことはしているが、そんなものはユーザにとってはどうでもいい。残りのコンテンツはキノピオラリーと王国づくりだ。ここにはワールドツアーの三倍のコンテンツが眠っているのだろうか? ……プレイしてもらえればわかるが、答えは否だ。

キノピオラリーは確かにアクションゲームで他人とバトルという珍しい方式を取っているが、リアルタイムではないし、ゲームコンテンツでいえば AAA ソフトのオンラインCo-opマルチプレイ程度のオマケだ。オマケ故に他人のゴーストデータはたとえ最低ランクでも恐ろしく強く、これに勝たなければ王国はロクに作れないので、大多数のユーザはこれらコンテンツを遊びつくすことができない。仮にできたとして、1200円分の価値を厳格に見出そうとすればやや力不足である。

最近はアクションゲームでもコンテンツのボリュームをカバーするため、成長要素を入れたり、ゲームの進捗に大きく関わる別モードを入れたりと様々な方策を練っているものだが、どうも「王国づくり」はそこに寄与していないようだ。この3つのモードは独立的に存在しており、システム的に「連結」してはいるが「連携」していない。W2まで進めたら王国をここまでレベルアップさせて、ヨッシーを飼いならして、このエクストラワールドをオープンして……みたいな複雑な構造を持つゲームにはなっていないのだ。
なので、ユーザは3つのコンテンツのうち2つをプレイする動機が特にないし、圧倒的に体験の欠けた状態でゲームプレイを終了してしまう。値段もあいまって、他人にこっそり薦めたくなるお気に入りの一冊になることはないだろう。


なお、値段とコンテンツというのはあくまで指標というものであって、どうしても割りに合わないなら購入しなければいい話なので、買わずに、あるいは買ってから高い!と怒ることエネルギーの無駄だということは付け足しておく。

まとめ

というわけで、スーパーマリオランはなぜ高いか、ちょっと変わった切り口から突っ込んでみた。

  • マリオランが高いとされるのはそもそも AppStore の市場価格が崩壊しているからである
  • マリオランはわざとそのプラットフォームのユーザたちにとっては高い値段設定で出された
  • もしこのマリオランが受け入れられるか、受け入れるユーザが増えるなら、それはゲーム業界全体にとって良いことである
  • それはともかく、コンテンツが値段に見合ってない

ちなみに今回はゲーム自体の評価は少し控えたが、個人的には最後まで難易度調整の雑な劣化マリオという印象だったのでもう少しがんばってほしい所。良い点にしても悪い点にしても「ここがヤバイ」というものがなく、これならスーパーキノコ1個100円とかの方がまだ話題性があるだけマシというものだ。
ボリュームが少ない故に多忙でも一通りのコンテンツは辿り付けたというのが皮肉にも幸いな点だったかもしれない。

*1:ハトクラの2,500円は高かったよね〜。

*2:市場の自由化がかえって多様性をなくすと言っていたのは川上さんだったかしら。

*3:スーファミ時代からはROM原価の影響もあり安くなってるが

*4:よくソシャゲー開発者がドヤ顔で提示している課金ユーザのグラフにいる、20〜30%ではない方の人たちだ。

*5:スーパーマリオ ランのダウンロードおよび一部プレイは無料です。設定された一定金額をお支払いいただくことで、全ての要素をお楽しみいただけます。

*6:彼らを生み出したのは他ならぬソーシャルゲームメーカーたちだしね

*7:一般に基本無料ゲームを支えている重課金者